ビジュアル・シンカーの脳(感想文)



2024-04-26 20:52:53
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ビジュアル・シンカーの脳: 「絵」で考える人々の世界

X(Twitter)で、文章での創作アカウントと、絵での創作アカウント両方運用していたことがある。
その時、一つ疑問に思ったことがあった。
それは「文字書きはレスバしがち・社会的な主張を長々と表明しがちだけど、絵描きはそうでもない(表明するにしても「なんか嫌」「気持ち悪い」みたいな、感覚的な表現だったりする)のは何故?」ということだった。

色々考えた末、「文章を書く人は文でコミュニケーション(レスバ)したい人だからなのでは」という結論に至ったのだが、そもそも「思考の方法が文章である」という人々がいる、ということを知って、なるほど!と思った。

本書に関して、最初は普通にただの「学びの本」だと思って読み始めたので、自閉症スペクトラム関係の話がでてきて面食らった。
それから、著者の今までの経歴を交えた体験談を読んでいて、最近見ていた「アストリッドとラファエル」という海外ドラマ(主人公の一人が自閉症スペクトラムで、他にも同じ属性を持つキャラクターが登場する)を制作する際に参考にした人であることに気づいた。

私自身はそういう診断を受けた事はないけど、うつ病になった時に読んだ自閉症スペクトラム関係の本やブログのエピソードに「それ分かる」「そういうときはそうすればよかったのか!」という発見があったりしたのでそういう傾向はあるんだと思う。
例えば、掃除機や電話などを使う時には事前に使い方のメモを書く、とか、「疲れている人」と「怒っている人」の見分けがつかない、とか。
本書の場合は「目の前の事象に関して、脳内にあるフォルダから関連画像や映像を取り出して検証する」というやり方は視覚思考タイプ特有のやり方らしい、ということだろうか?
(「脳内フォルダ」という言い方がイマイチ通じないのはそういうことなのか、と思った)

一通り本を読んでみて思ったのは、社会では「そのやり方・考え方は非効率的だ」「理論的でない」という理由で否定されがちな視覚的思考をする人を、著者が勇気づけよう・励まそうとしているのかな、ということだった。
くどいくらい出てくる天才達のエピソードはその表れのような気がする。
また、災害関係に関しては「感覚的には危険に思えるかもしれないけど、理論的には大丈夫」という考え方が通用しないこともある、というのは重要そうだ。

それから思い出したことがある。相模原障害者施設殺傷事件のことだ。
犯人は「言葉で意思の疎通ができない人=人間として価値がない=殺した方が良い」という考えに囚われて殺人を犯した、というか、そもそも職員の中にそういう認識(言葉で意思創通ができない=人ではない)を持っている人がいて、犯人が影響を受けて殺人に至ったのではないか、という論調の記事を読んだことがある。
他にも様々要素が原因としてあるのはもちろんだが、実際そのような利用者を見下す思想が根底にあるのなら、それは言語的思考偏中の極みなのではと思った。

思考タイプの多様性があること、を認めてそれぞれの特性を活かすことの重要性を本書は繰り返し訴えていて、私もその通りだと思うんだけど、社会的にはやっぱり「効率」とか「理論」とかそういうものが重視される世界だと思うので、やっぱり言葉による思考が尊いという世界は今後も長らく続いていくんだろうなと思う(世界的な災害による価値観の大転換、とかが無い限り)

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